「暗く深い眠り」

遅ればせながら映画『100,000年後の安全』を観ました。
フィンランドで建設中の世界初の放射性廃棄物の最終処分場のドキュメンタリーです。

世界の使用済み核燃料は少なくとも25万トンある。
生物に悪影響を及ぼさない程度に安全になるまでには、最低でも10万年が必要とされる。
その最終処分方法を、フィンランドは世界に先駆けて決定した。

「我々はある結論に至りました。
フィンランドの地層は18億年前のものです。
遠い将来まで見越せる、安定した環境だという結論です。
少なくとも10万年後までは安定しているでしょう」
(T・セッパラ/オンカロ管理部長)

3キロ四方のオルキルオト島には、原発が2基ある。
その島の中央、地下500メートルに、最終的な埋蔵施設を作る。
2020年に操業を開始し、2100年代に操業を停止する。
廃棄物を埋蔵したら、厚いコンクリートで入り口を封鎖する。

「ここは来てはならない場所だ。
通称オンカロ。”隠された場所”という意味だ。
20世紀に始まったプロジェクトは、私の生存中には終わらない。
完了するのは、私が死んだ後の22世紀だろう。
オンカロの耐用年数は10万年とされている。
その10分の1の1万年すら、持ちこたえた建造物はない。
だが我々は今の文明が高度だと自負している。
もし成功すれば、オンカロは人類史上、最も恒久的な建造物となる。
遠い未来にこれを見つけた君は、我々の文明をどう思うだろうか」

「我々の推測に基づくシナリオによれば、今から6万年後に氷河期が訪れる」(P・ヴィキベリ/核燃料廃棄物管理会社研究員)
「そうなればすべてが消滅します。氷河期が訪れた時に…」(T・セッパラ/オンカロ管理部長)
「すべてが凍り草木は枯れ、ここ一帯はツンドラになる」(T・アイカス/オンカロ副社長)

オンカロの関係者が恐れるのは、未来の人間によって知らずに掘り起こされることです。
スウェーデンやロシアに支配され、独立して短いこの国の人たちは、何万年後にフィンランド語を理解する人間たちがそこにいるとは全く信じていません。
国連の6つの公用語で警告を記した標識を立てると語り、けれど、その有効性も信じていません。

「ノルウェーのルーン石碑を例に取りましょう。
石碑は表を下にして倒れていますが、警告文が書かれています。
“不届き者が触れてはならぬ”
しかし考古学者はこの警告を尊重せず、完全に無視しました。
遠い未来にはおそらく我々の標識も同じ運命をたどるでしょう」
(M・イェンセン/放射能安全機関分析学者)

言葉ではなく絵で感覚的に伝えてはどうかという話の中で、
ムンクの「叫び」が取り上げられるところはちょっと笑ってしまいましたが、彼らは真剣です。

「掘らせない手立ては?」(マイケル・マドセン監督)
「分からん」(T・アイカス/オンカロ副社長)

「我々は可能な限りオンカロを人間から切り離したいんです。
なぜなら未来の人間の行動が予測できないからです」(T・アイカス/オンカロ副社長)

最後に、遠い未来の人類に向けてのメッセージが語られます。

「地上に戻って我々より良い世界を作って欲しい」
(B・ルンドクヴィスト/核燃料廃棄物管理会社・科学編集者)

映像は美しく、人々はみな穏やかに語り、淡々として、まるで静かなSF映画を観ているようです。
10万年という想像を超えた時間が与える非現実的な空間の中に現実的な問題が漂う、
不思議な気分にさせられるのは、監督の最初からの狙いのようです。
監督はカメラワークについて次のように語っています。

「初めてオンカロを訪れた未来の生物の視点をイメージしたので、
カメラが有機的に浮遊しているように動くことが重要でした」
(マイケル・マドセン監督)

立野的に印象に残ったのは音楽でした。
映画のエンドロールで「“Radioactivity”Kraftwerk 1975」とか見つけてなるほどと思いつつ、
音楽を知りたくてパンフを買ったのですが、データがなくて残念。クラフトワークの1975年作品「放射能(Radio Activity)」はこの映画で初めて聴いたのですが、この時代の電子音楽としては凄い。パンフには監督がサウンドへのこだわりを語っているのは載っていました。

「クラフトワークを使うことは、あまりにありきたりでやりすぎのような気がして、非常に躊躇しました。
しかし今回――これが初の劇場用長編策なので――、できるだけシンプルにわかりやすくする必要性を学んだのです」

なんか、わかる気がします。

最後の歌など知りたくて、結局、検索しまくって、見つけたのが次のPDF。
http://www.dogwoof.com/wp-content/uploads/2010/11/Into-Eternity-Notes.pdf

Music archive
“Radioactivity”
(Hutter, Schneider, Schult)
Performed by Kraftwerk
Sony / ATV Music Publishing Scandinavia
(c) 1975 EMI

“Valse Triste Op. 44, No. 1”
(Jean Sibelius)
Performed by Gothenburg Symphony Orchestra & Neeme Jarvi
Edition Wilhelm Hansen
(c) 2005 DG

“Metamorphosis, No 2”
(Philip Glass)
Performed by Philip Glass
Edition Wilhelm Hansen
(c) Orange Mountain Music

”Douze Etudes Trancendentales, IX”
(Wilhelm Killmayer)
Performed by Siegfried Mauser
Unischott Scandinavia
(c) Wergo

Lamente for Piano and Orchestra
(Arvo Part)
Alexei Lubimov, Andrey Boreyko & SWR Stuttgart Radio Symphony Orchestra
Unischott Scandinavia
(c) 2005 EMI

“Annum per annum”
(Arvo Part)
Performed by Hans-Ola Ericsson
Unicshott Scandinavia
(c) 2007 BIS

“Un Grand Sommeil Noir”
(Edgard Varese)
Riccardo Chailly & Royal Concertgebouw Orchestra
Universal Music Publishing
(c) 2007 Decca

“Wendla”
(Karsten Fundal)
Performed by Karsten Fundal
Edition Wilhelm Hansen
(c) 2009 Karsten Fundal

“Ending”
(Karsten Fundal)
Performed by Karsten Fundal
Edition Wilhelm Hansen
(c) 2009 Karsten Fundal

PDFにある『INTO ETERNITY』というのは『100,000年後の安全』の原題ですが、
この監督はこの邦題はベタ過ぎて本当は好きでないかもですね(苦笑)。

気になっていた歌は“Un Grand Sommeil Noir”で、パンフでは「巨大な暗黒の眠り」と訳されていて、これで検索していると『100,000年後の安全』を見た人のページばかり見つかるのですが、「暗く深い眠り」の訳だと、ヴァレーズに関するページなどがヒットすることに気づきました。

詩人ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)の詩に、作曲家エドガー・ヴァレーズ(1883-1965)が1906年に曲をつけて歌曲にしたもの。ヴァレーズは初期作品を殆ど焼いてしまっていて、「暗く深い眠り」(1906)は現存する唯一の初期作品なのだそうです。
先ほどのPDFのデータと同じ、リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly)指揮、 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Royal Concertgebouw Orchestra)演奏の日本盤『ヴァレーズ作品全集』があったようなのですが、プレミアのようなので、廉価版の『Varese: Complete Orch Works』を手に入れました。

堀口大學の訳詩が良いですね。

「暗く果てなき死のねむり(暗く深い眠り)」

暗く果てなき死のねむり/われの生命(いのち)に落ちきたる、/ねむれ、わが希望(のぞみ)、/ねむれ、わが慾よ!

わが目はやものを見ず/善悪の記憶/われを去る…、/悲しき人の世の果や!

われはいま墓穴の底にありて/隻手(せきしゅ)にゆらるる/揺籃なり、/ああ、黙せかし、黙せかし!

(ポール・ヴェルレーヌ~堀口大學・訳)

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