ALARAの原則

原子炉建屋の扉を開ける前、空気中の放射性物質を少しでも浄化するために、アララベンチ(ALARA VENTI)というのが使われていました。

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アララベンチシリーズ 原子力施設用移動型局所排気装置
     実用新案登録 JER-1S/JER-2C/JER-05
 ■特徴
  ・原子力施設内のどんな作業場所も使用可能
  ・小型、軽量で簡単に移動
  ・フィルター交換はワンタッチで簡単
  ・分解しやすく、除染可能
  ・現場作業者の要望に応じ、使いやすさを重視
(cf. http://www.jer.co.jp/catalog/protect/alaraven.html)
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アララベンチ、アララベンチジャンボ 、アララベンチミニの3種類がありますが、HEPAフィルターってことは、要するに空気清浄機の類のようです。

このアララベンチのALARAは、「合理的に達成可能な限り低く(as low as reasonable achievable)」という意味で、既に何度か触れてきていますが、立野はこの言葉を三原順「Die Energie 5.2☆11.8」で知っていました。

けれど、その言葉の意味を、実はちゃんとは理解していなかったのではないかと、今回の事故以後に得た知識から、思うようになりました。

ヒントになったのは、「福島原発事故の危険性について」(東京大学物性研究所 押川正毅氏)です。
元々、この方の文書にたどり着いたのは、田中優氏の話で出てきた、ドイツでの原発付近住民の低線量被曝の長年にわたる大規模な研究結果の、裏づけを探していた時でした。この文書の中の「2.)原発とリスク」において、当の論文が紹介され、「ドイツでの大規模な研究の結果、原発付近では子供の発がん率が有意に上昇したと言う統計的な結果が得られています」と解説されています。もちろん、事故原発でなく、正常運転中の原発の話です。

元論文は以下です。

Case-control study on childhood cancer in the vicinity of nuclear power plants in Germany 1980-2003.
C. Spix et al., Eur J Cancer  44(2):275-84 (2008).
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18082395
Leukaemia in young children living in the vicinity of German nuclear power plants.
P. Kaatsch et al., Int. J. Cancer 122(4):721-6 (2008).
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18067131

発表が2008年、比較的最近ですので、古い書籍には載っていないですよね。

さて、話を元に戻して、この押川氏の文章の中で、「LNT (Linear No Threshold)モデル」が説明されています。これは、分りやすく言うと、放射線リスクというのは、これ以下の被ばくなら絶対大丈夫っていう線が引けないということです。100mSvの被ばくに対して、10mSvなら1/10になるだろうけれど、1mSvなら1/100になるだろうけれど、リスクはなくならないっていうのが特徴だと。

この点は、原子力安全委員会の「低線量放射線の健康影響について」の記載でも、「そこでICRPは、100mSv以下の被ばく線量域を含め、線量とその影響の発生率に比例関係があるというモデルに基づいて放射線防護を行うことを推奨しております」とあり、押川氏とも、大筋で認識ずれはありません。

「ALARA(as low as reasonable achievable)というのを知っているか?
『合理的に達成可能な限り低く』放射線の被曝線量を減らす…
つまり経済上負担できる範囲の金で危険を――なるべく少なく―― するってのが会社の言う妥当な安全性だ」

「Die Energie 5.2☆11.8」の上のセリフから受けたALARAの意味は、「予算が許す金額で賄えるだけの安全」みたいな、ネガティブな印象でした。その問題意識そのものは重要で、結局営利企業が原発を運用することの怖さは、我々は思い知ってしまったわけだけど。
ただ、「合理的に達成可能な限り低く」というのは、絶対安全な線が理屈上存在しないので、宿命的にそう言わざるを得ないのだ、という側面を、LNTモデルは教えてくれました。

国は計画的避難区域を定めるにあたり、20mSv/yで線を引いたわけですが、それは決して20mSv/y以下の被ばくなら大丈夫という話ではないのですね。初期にはその辺り認識がまずくて、うちは安全だから除染しない的な自治体もあって、やや混乱したかも知れませんが、少なくとも子供の被曝については1mSv/y以下を目指すとされてからは、意識も進んだ気がします。

20mSv/yより更に低く、出来るなら努力をするのが、ポジティブな意味での、「ALARAの原則」。

「Die Energie 5.2☆11.8」から29年、こんなことを知る日が来るとは。

#ところで、ルドルフのセリフ、「アララというのを知っているか?」と読むと、あらら…って感じですよね(笑)。

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