ダイエット

大島弓子さんの作品は概ね読んできていたのですが、
とりこぼしているものを少しずつ読んでいたりします。
「ダイエット」を読んでいたら、
新井素子さんの「あなたにここにいて欲しい」を思い出したりして、
書きたくなったので書きます。

以下、どちらのネタバレもありますのでご注意ください。


大島弓子 『ダイエット』、角川書店 あすかコミックス、1989年

大島弓子さん「ダイエット」は1989年「ASUKA」1月号掲載。
主人公は福子という太った高校生の女の子。
父親が別の女性と子供つくって離婚、福子は母とその新しい夫と暮らしている。
母親は新しい夫との間にできた子を大事にし、福子を構わない。
そういったことを食べては思い出し、思い出しては心の奥に埋める。
それを繰り返すうち福子はいつの間にか太っていた。
そんな福子は、友達に勧められるままにダイエットし成功。
けれど、友達にできた彼氏から優しく接してもらって、
自分が太っていても優しくされるのかを確かめたくなり、また食べて太ってしまう。
友達の彼氏は変わらず優しくしてくれる。福子はまたダイエットして痩せる。
福子は、友達のデートについて行きたがる。
友達の彼氏に気があるというわけでもなさそうで、友達は不思議がる。
福子は再び食べて太ろうとするが、食べ物を受け付けずに吐いてしまう。
そんな福子を介抱するうちに、友達は気付く。
福子が求めているのは親の愛であって、自分たちは彼女にとって両親のような存在なのだと。

1980年代、日本で心理療法のようなものを取り上げることが徐々に普通になっていった気がします。
ちゃんと勉強していなくてはっきりとは言えないのですが。
自分が「箱庭療法」というものを知ったのは、中村雄二郎さんの『述語集』(1984年、岩波新書)です。
村上春樹さんの『ノルウェイの森』が1987年ですね。
後になってから読んだものに、河合隼雄さんと谷川俊太郎さんの対談形式の『魂にメスはいらない』があります。


河合隼雄+谷川俊太郎『魂にメスはいらない(ユング心理学講議)』、朝日出版社、1979年

この本は、三原順さんもお持ちでした。
どこかで一度書いていますが、「はみだしっ子」に出てくる
「自立する事は孤立する事ではない」というジャックの言葉は、ここから取られているものと思われます。

「必要に応じてどの程度ちゃんと依存できるかというのは、むしろ独立心のあらわれみたいに考えています。
特に若い人たちがよく失敗するのは、独立しようと思って依存心をなくし過ぎるんですね。
ぼくは「あんたのは独立と言わずに孤立と言うんや」とよくひやかしているんだけどね。」
(『魂にメスはいらない』、p109)

これもまた「はみだしっ子」で使われる言葉ですが、
「あんたが生きてくれている方がぼくはうれしい」という河合氏の話もこの本にあります(同、p51)。
患者は真剣だから、ちょっとでも嘘が混じるとわかる。
だから、「生きるべきだ」でも「生きるのが正しい」でもなく「生きていてほしい」と言うのだと。

『あなたにここにいて欲しい』は、新井素子さんの1984年の小説。
こちらは当時初版で読んでいますが、細部はほとんど忘れていて。
ただ、人の心が読めてしまう超能力を持って生まれた女の子が、
母親に捨てられ、他人の感情に苦しみながら人を憎み、
最後には自殺するかのように精神をパンクさせて幼児退行してしまう、
というストーリーは覚えていました。
幼児退行してしまった彼女を、主人公が受け止めて育てるところで終わります。
今回、ざっと読み直してみたら、自分の記憶以上にきついストーリーでした。
主人公と共依存のようになった友達との自立も描かれているし、
自分の薄い記憶よりずっと重厚で改めてよかったです。


新井素子 『あなたにここにいて欲しい』 ハルキ文庫、2012年。(文化出版局、1984年)

タイトルがピンク・フロイドの曲「WISH YOU WERE HERE」からであることは、作者自身が書いています。
1975年の同名アルバムにあります。
このアルバムの「クレイジー・ダイアモンド(Shine On You Crazy Diamond)」という曲は、シド・バレットに捧げられた曲です。
シド・バレットはピンク・フロイドの初期中心メンバーで、デヴィッド・ボウイはじめ多くのミュージシャンに影響を与えた人物ですが、
音楽ビジネス業界に馴染めず、精神を病んで消えてしまっていました。
彼を削り世界的バンドとなったピンク・フロイドが、ふと彼を思い出して作ったようなアルバムです。
「あなたがここにいて欲しい」という邦題は、バンドから指定されてきたと、ライナーに書かれています。

Wishyouwerehere
ピンク・フロイド『WISH YOU WERE HERE』1975年

一方、新井素子さんは、単行本のあとがきで、この邦題を意図的に一文字変えた、と書いています。

 あなたがここにいて欲しい。こう書けば、主格は『あなた』。でも、あなたにここにいて欲しいと書いた場合、主格は『私』になります。『あなた』はあくまで目的格で。
これは、そういった、お話です。

謎かけのようですが、ふと、河合隼雄さんの言う「生きていてほしい」というイメージに似ていると思いました。

育て直しというと、今ではいくぶん胡散臭いイメージになってしまいましたが、
あの頃が、そのような物語が作られるような時代であったことは、なんとなく思い出せるのです。

昔、遺書を残して家出した娘の部屋で帰りを待つ母親と話をしました。

帰らない娘の部屋で、
新井素子さんの『あなたにここにいて欲しい』の単行本を見つけ、

一晩で読んだと、その方は話していました。

「まるで娘からのメッセージのように思えた」

真面目できっちりとしていた娘さん。

過食と拒食を繰り返し、ぶくぶくに太ったり、
がりがりに痩せたりを繰り返していました。

娘さんはその後、帰ってきています。

あの方は、娘にあの時のことを話すことがあったでしょうか。

「ダイエット」のラストに、あの頃わからなかったことを一つ、そっと教えてもらったような気がしました。

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