昭和四年生まれの父は、敗戦の影響で大学に行けなかったと話していました。
祖父のシンガポールからの引き揚げもまだで、米一俵の入学金が払えなかったと。
それで精神的におかしくなっていた時期があるんだと、
年をとってから話してくれました。
70歳まで働き引退した父は、
どうして日本や世界はあんなことになってしまったのか、
自分はちゃんとした教育を受けることが出来なかったけど、
それを知りたい、と話していました。
元々読書好きの父は、狭い自宅に本を増やさないようにと、
図書館に足しげく通い、本を借りて読むようになりました。
父は最期まで本を読み続けていました。
遺された読みかけの1冊は、アドルフ・ヒトラーの『わが闘争』です。
最初は図書館で予約していたのが、もう取りに通うのが辛くなってきたのか、
アマゾンで購入していました。
6月に自分がポーランドに行ってくると言ったら、
「アウシュヴィッツに行くのか」と言われました。
旅行先で自分が撮ったビデオを、父はいつも熱心に観てくれました。
帰ってきたら、アウシュヴィッツのビデオを見ながら、
何故ヒトラーの『わが闘争』に人々は熱狂したのか、
その理由について、
父の意見を聞けるのを楽しみにしていました。
しかし、父の最期は当初の医者の宣告よりあまりにも早く、
結局、父の意見は聞くことが出来ませんでした。
「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」
『影の獄にて』のロレンスの言葉が頭に繰り返されています。