charlotte sometimes (Tateno's diary 1998.9)

過ぎ去った日々はすべて哀しい (Tateno's diary 1998.9)

ページ更新

1998.9.1 (22:34)

旅行記ばっかり書いているうちに9月ですね。 大雨があったり、ミサイルが飛んできたりですが、 みなさんご無事でしょうか。

トップページの画像を更新しました。潮岬の写真です。

立野のウェブサイトを軽く説明した 「About This Site」 というページを作って、トップメニューに入れました。 あまり内容ありませんが、立野のサイトをリンクしたい方への情報も入れました。

あと、三原順チャットを作ったりしたので、リンク張ったりして ちょこちょこと手直し。コンテンツは増えておりません (近いうち書きたいです)。

言葉の重み

1998.9.3 (20:56)

リンクページを多少修正しました。

同じ言葉であっても、人によって意味が変わってくることがあると思います。 例えば、「人間は外見も大事だよね」というセリフを、 普段から人間の内面を真剣に見つめている人が言う場合と、 あまり内面など知りたがらない人が言う場合と、全然意味が違うと思います。

話し手だけでなく、聞き手によっても意味や重みが全然違うことがあります。 「がんばれ」という言葉を、苦しんでいる人に言う場合と あまり苦しんでいない人に言う場合で、重みは変わってくると思います。 逆に「気楽にやりなよ」という言葉も、 相手によって重みが違うという点では同じです。

そういうことを(意図的にであれ無自覚にであれ)無視すれば、 いくらでも批判のための批判が可能です。

…ということを書いたのは、次に書きたいと思っていることの伏線です。 書こうと思ったことが、ともすれば批判のための批判に陥りがちな事柄であったので、 前フリとして、人によって意味の重みに違いのある事柄があることを 書いておきたくなったのです。 自分の言葉を批判の暴力のために使われないようにという伏線でもあります。

という訳で、(もったいをつける訳でもなく、それほどの話でもないのですが) 次回くらいに本題に入ります。

過去の関連する日記) 「まだ批判的な天使

「音楽は詞が重要」という人に「いや、曲がなければ音楽ではない」 と条件反射的反論をするのは簡単だし、「曲が重要」という人に 「歌詞が何を主張していてもいいのか」と反論するのも簡単です。

「音楽は詞か曲か」という話がしばしば出ます。あまり実りのある議論に ならないことが多いので好きな話題という訳ではありませんが、 例を挙げながら自分の場合の話を紹介しておきます。

Dead Can Dance というバンドが 1984年に出した1stアルバム 『Dead Can Dance』が 好きでした。特に「Ocean」という曲で祈るように歌い上げる女性の声に 聞き惚れていました。しかし歌詞カードもなく、どんなことを歌っているのか 分りません。

1991年、インターネットを使っていて偶然、ヨーロッパの大学に 歌詞の置いてある anonymous FTP サイトを見つけました。

注) まだ「インターネット」という言葉が 一般社会には普及していなかった時代ですが、インターネットはありました。 もちろんWWWもGopherも存在しない時代で、ネットサーフなんて言葉も ありませんでしたが、電子メール、電子ニュース、FTP、telnet等を駆使して ネット上から様々な情報を入手していました。

どうやらヨーロッパ中心の音楽メーリングリストで メンバーが聞き取った歌詞を打ち込んで流通させていたらしく、 そのアーカイブのようでした。 そこに『Dead Can Dance』の歌詞集があったのでさっそくFTPでget、 しかし眺めてみると、「Ocean」の歌詞がない。 聞き取り人による次のような意味のコメントが…。

「聞き取り不能。何語かもわからない」

うーむ、ヨーロッパ人にそう言われちゃお手上げ (^^;)。 結局未だにその曲でどんなことが歌われているのかわかりませんが、 ずっと好きな曲です。

苦節二十余年

1998.9.7 (04:21)

音楽の話をひとまず置いて、書こうか迷ったのですけどちょいと野球の話を…。

立野は横浜の割と真ん中辺の育ちです。 歩いて行ける範囲に神奈川県庁やら横浜市庁やらありました。 横浜市庁の前に平和球場という廃虚のような球場がありました。 1,2度、中に入ったことがあります。 グラウンドはまあ奇麗なのですが、外野は芝生席で、 何より建物が廃虚のようでした。 もしかしたら空襲を潜り抜けた建物だったのかも知れません (良く知らないですが、そう思うのが不思議ないくらいにボロかった)。

平和球場の周りは横浜公園という公園で、 自由に使える結構大きなグラウンドがあって、野球などして遊んだものです。 そのグラウンド付近の木を登ると平和球場に忍び込めるという噂があったのですが、 さすがに怖くて自分たちはやらなかったです。

やがて平和球場を取り壊して大きな球場を作ることになり工事が始まり、 横浜公園の遊び場グラウンドもなくなってしまいました。 そうして出来たのが横浜スタジアムです。 そしてそこを新しいホームグラウンドとして入居してきたのが 大洋ホエールズでした。

それまでは大洋ホエールズは川崎球場を本拠地にしていて、 横浜移転には随分反対運動もあったようです。 しかし横浜にしてみれば歓迎で、ダサいと評判だったオレンジのユニフォームも 12球団いちカッコイイ(と言われた)ブルーを基調にしたユニフォームに変身、 初めてプロ野球を見に行ったりして、 立野もなんとなくホエールズファンになってしまったのです。 (今思えば軽率であった? ^^;)

平松が防御率トップだった頃はまだチームもそこそこ強かった (でもあの頃は広島の赤ヘル軍団がはるかに強かった)。 しかしやがて万年最下位争い時代に…。 Aクラスには入れれば御の字という苦難の時代をそれでもファンを続けました。

#学校で流行っていた野球ゲームでは大洋を担当して何度か優勝に導いたのですが(笑)

阪神もあんまり優勝してないですけど、10年くらい前でしたっけ、 あの優勝の盛り上がりはうらやましかったです。 やっぱり、万年最下位でもいいから1回でも優勝して欲しいって思いました、 あの時。しかし、いつのまにか一緒に最下位争いしていたお友達のヤクルトは 優勝争いの方へ行っちゃって、いつまでも駄目なのは大洋だけ。 チーム名の改名もずっとマリナーズが最有力でありながら ぐずぐずしているもんだからロッテに名前持ってかれちゃって ベイスターズになるし、フリーエージェント制に過剰反応して(?) 高木豊ほっぽり出してファンも減らすし、もう、ファン生活は辛いことだらけ。

いい加減、諦念プシガンガと成り果てて(?)、

生きているうちに一回でも優勝してくれ

と、気長に思うことにして数年。

今年はもしかして優勝するかも知れない…

そんな微かな期待が胸をよぎります。

そう思いながら、口に出来なかったのは、なんとなく口に出してしまうと 叶わなくなりそうな気がしたからです。 大洋が横浜に来て二十数年たってるんじゃないかと思いますが、 その間の苦節のファン生活が虐げられた感情を産み出しているのか、 自分が応援していると負けそうな気がするんです(笑)。 実際、中継を聞いていると負ける試合が多い気がしたので、 なるべく聞かないようにしていました (本当です…爆笑してくださって構いません ^^;)。

しかし首位争いの中日戦、我慢できずに中継を聞いてしまいました。 自分が聞いていても大丈夫かと不安を感じつつドキドキ…。 結果は、横浜の3連勝。

自分が聞いていてもいいんだ…

やっと少し虐待された感情が癒された気がしました(笑)。

#他のチームのファンの方、ごめんなさい(特に中日ファンの方)。 横浜が今年優勝してくれれば 生きているうちに一回でも優勝して欲しいという望みが叶うかも知れないという ところなもので(今年なら生きている確率は高そうですので)。 大目に見てください…。

#ここのサイトは特定の野球ファンの集まるページじゃないですし…。 立野もナゴヤ球場のライトスタンド行ってまで横浜を応援しようとは思わないです。 特定のファンの集まるところにわざわざ行って そのファンを汚すような発言をするのは、 相手に悪いのもありますが、自分の身が危険ですしね (フクロにされても不思議はない ^^;)。 その程度は場所をわきまえておきますが、 ここはでは趣味ということで大目に見てください…。

音楽は詞か曲か2

1998.9.10 (00:23)

ヒットチャートの上位に入る曲は、ほぼすべて歌詞がついた曲です。 だからヒットチャートしか音楽を聴かない人は 必然的に歌詞つきの曲を聴くことになります。 「売れている」こと自体に価値を見い出す人は、 歌詞の意味を知らずに「好きになる」ことが有り得るでしょう。 特に洋楽のヒットチャートの場合、歌詞を知らないというケースが多くなります。 そういう人に「歌詞の意味知らないの?」と尋ねるとこう答えるかも知れません。 「歌詞じゃなくて曲が重要なんだ」

(注)そういう聴き方をする人を否定しているわけではありません。 参考: 1998年5月19日の日記 「売れる音楽はいい音楽か

音楽に関わっている人は、曲の技術面に敏感でしょう。 自身は音楽をやっていない音楽ファンでもそこそこ分ってくると、 アレンジャーが誰それでとか、 ここでゲストミュージシャンの誰それのギターがとか、 ここで変わった楽器を使っているとか、 ミックスをやったのは誰でどんな特徴があるとか、 そういうことに注目して話をしたがることがあります。 そういう人に「歌詞の意味知らないの?」と尋ねるとこう答えるかも知れません。 「歌詞じゃなくて曲が重要なんだ」

同じ言葉でも意味がかなり違っていると思います。

うーん、このネタに関連して、自分が好きな「詞のない曲」の例とか、 「声はあるが意味のある詞はない曲」とか「ポエトリー・リーディング」 の話とか紹介しようと思ったのだけど、書きにくいのでいつか違う形で書くかも。 という訳で、このネタ封印かな…(未定)。

PS. そうそう、Take Me Home HOT ROAD (紡木たくページ)に 「幸せになれる」 という項目が追加してあります。ここに書くの忘れていました。

立野のページを見てメールを下さる方が時々おられます。 ほぼすべて返事を返してはいるつもりなのですが、 立野は概して返事が遅くなりがちで、 忘れた頃に返事を出すことがしばしばでした。

しかし、こちらの返事が遅れたせいで、 せっかくメールを下さった方に「何か失礼なことでも書いたのでは」という 気苦労をさせてしまうことを(複数の方に対して)やってしまいました。 ごめんなさい、単に返事が遅いだけだったんです。 自分では自分はそんなに気難しくはないと思っているのですが、 もしかすると気難しく見えているのかも知れません。

それで少し心を入れ替えて、返事をなるべく早く 書くように気をつけることにしました。

なお、こういうことを書くと「返事が負担になるようなのでメールをやめよう」 と思う方もいらっしゃるかと思いますが、 今のところそれほど負担になるほどメールを戴いていないので大丈夫です。 忙しいときに届いてしまっても、とりあえず「また後でゆっくり書きます」 という返事を書くとか工夫すればいいんですしね。 どうぞ、お気になさらず。

どんなメールでも嬉しいという訳ではありませんが(そりゃそうだ)、 励ましのメールは嬉しいです。かなり本気で。 いつかもう少しここで書くかも知れません。

三原順傑作選発売

1998.9.11 (22:30)

白泉社文庫より三原順傑作選が2冊同時発売されました。 故・三原順さんの作品は愛蔵版及び文庫の「はみだしっ子」以外 すべて絶版という状況の中で「やっと」という感のある文庫化です。 立野はコミックスですべて揃えているものの 早速購入してしまいました(笑)ので、2冊の簡単な紹介を。

三原順傑作選 '70s
  • 白泉社文庫 1998年9月16日初版発行 (ISBN4-592-88376-4)、本体600円、税込み定価630円
  • 収録作品
    1. 光と闇とを結ぶ糸
    2. 夢に消える子守唄
    3. 遥かなる祈り
    4. ようきなオバケ
    5. 赤い風船のささやき
    6. ラスト・ショー
    7. 祈りの鐘がひびくとも
    8. 涙のクラウン
    9. ざ・はっぴぃ・えんど
    10. はろぉ・あいらぶ・ゆぅ
    11. イン・ア・ボックス イン・ア・ボトル
    12. 君の好きな帰り道
  • 花とゆめコミックス『ラスト・ショー』収録短編と、 はみだしっ子コミックスに(ところどころに)収録されていた短編で はみだしっ子文庫版には収録されなかった短編集。 解説は和田慎二さん。
三原順傑作選 '80s
  • 白泉社文庫 1998年9月16日初版発行 (ISBN4-592-88377-2)、本体581円、税込み定価610円
  • 収録作品
    1. ロング・アゴー I
    2. ロング・アゴー II
    3. ロング・アゴー III
    4. Die Energie 5.2☆11.8
    5. あなたのための子守唄
    6. 朝になるまで
    7. PM2:30 21F
    8. 夕暮れの旅
    9. 踊りたいのに
  • はみだしっ子シリーズの重要な番外編でありながら はみだしっ子文庫版には収録されなかった「ロングアゴー」、 およびコミックス『夕暮れの旅』収録のセルフマーダーシリーズ を合わせた文庫化。 解説は一野登美子さん。

PS. 語りたいことはたくさんありますので、そのうち三原順ページででも書きます。 もう2ヶ月近く更新していないですしね。近いうちに更新します>三原順ページ。 そう、でも、ここでも書くかも。 三原順さんを知らない人に宣伝するような形で。 ちょっと未定ですけど色々考えています。

やこんはい若

1998.9.14 (22:05)

東京の下町に引っ越してきてもう何年にもなります。 最寄りの駅までの道には商店街があるのですが、 その外れの辺りに不思議な店がありました。 いや、店が不思議と言うか名前が不思議な。

脇道へ入ったところに店があるらしく、店の前へ行ったことはないのですが、 表通りにボロッちい立て看板を出していて、こう書いてありました。

やこんはい若

変な名前だな、と、通るたびに変に気になって、 自分の知らない言葉かな、どこかの方言かな、などと思っているうちに、 いつのまにかこの言葉が頭にこびりついていました。

それが、今年になって看板が新しくなったんです。 新しい看板にはこう書いてありました。

若いはんこや

……右から書いてあったんか! (爆)

下町おそるべし(笑)。

三原順さんの作品の紹介です。 一応読んだことのない方向けに書いているので、日記に載せてみました。

「Die Energie 5.2☆11.8」は、1982年の「LaLa」6〜8月号に 連載された、80ページちょっとの中編です (白泉社文庫『三原順傑作選 '80s』に収録)。 「はみだしっ子」「ルーとソロモン」という2つのシリーズを終えた直後で、 後の長編「X-day」で活躍するキャラクタたちの(確か)初登場になります。 作品の大きな旋律(テーマ)は原発。

この話での主人公ルドルフは原発を抱える電力会社の社員。 原発が好きで電力会社に入った訳ではないが、現実主義者として行動している。

オレは小さいときから
食肉として送り出されるために小屋の中へ引きずり込まれる豚や牛たちを見てきた
それが親父の仕事だった
「農作物だけでは人間の口を賄いきれないのだ」と親父は言った
「それらは神様が人間のためにおつかわしになったものなのです」と教会で教えられた
そうして人々は肉を狩り、緑を刈る
残虐性も罪の意識も感じることなく
消費者は送られてくる電気を憎みはしないが
いかなる種類の発電所でもそれを憎む人々は必ずいる
それは食卓に並んだ料理は好んでも屠殺場は好まない人々が多いのにどこか似ている
そして…けれど現在
発電所は自然を破壊し人々に害をなす事に
ゆるしを与えてくれる宗教を持っていない

電力会社の人間たちは疲れている。環境保護運動の高まりと共に 住民たちに嫌われながら電力を供給しつづける仕事に疲れている。 ルドルフの面倒をみてくれたレイクという先輩は言った。

「オレは疲れたよ」
「社内の出世競争——あのネズミレースにもさ——」
「それに例のブクブクと太り過ぎた元素に振り回されるのも」

雪の夜、使用済核燃料を積んだトラックの運転手ペインが 飲酒をしているという情報が入り、それを追ったレイクは凍結した高速の路面で スリップしてそのまま帰らなかった。 ルドルフが酒場でペインを探し出して胸ぐらを掴むとペインは言う。

「祝ってくれよ! けさ子供が生まれたんだ」
「奇形児だぜ!」

ある日、電力会社に脅迫状が届く。

ウランを盗んだ。原発を停止しろ。さもないと住民を危険にさらす。

パニックを防ぐため、脅迫もウランの盗難も極秘にしたまま 見えない脅迫者との駆け引きが始まる。

ルドルフの隣に住む看護婦ロザリンは、 彼女の勤める病院に入院してきた13歳の少女が白血病だったのをきっかけに、 環境保護運動に染まりつつあった。 少女は原発の近くに住んでいた。両親は国と会社を相手に訴訟を起こすという。 ロザリンはルドルフに尋ねる。

「この頃またあちこちで原子力発電所を作っているらしいわね
TMI以後…少し下火になっていたと思っていたのに!」
「あなた達、そんなに完全に自信あるわけ?」

#注)TMI…スリーマイルズアイランド、79年に原発の大事故があった

ルドルフは答える。

「…自信なんかありゃしないよ オレは!」「会社だって知ってる」
「ALARA(as low as reasonable achievable)というのを知っているか?
『合理的に達成可能な限り低く』放射線の被爆線量を減らす…
つまり経済上負担できる範囲の金で危険を——なるべく少なく—— するってのが会社の言う妥当な安全性だ」
「けれどTMI事故の後、規制委員会がやたら金のかかる二百項目からなる 安全性の為の『実行計画』を提出したが…
それでも尚…不適当だと…原子力産業側でさえ考えていた…」

ルドルフ…あるいは三原順さんは書く。

NRC(米国原子力規制委員会)は今年…82年2月、 原発の安全性の目標に関する政策声明文を発表し…しかし 委員の一人は この案には現在運転中あるいは審査中の原発の寿命中に 約一万三千人が原発の事故により死亡するという暗黙の最大理論許容値が 含まれていると言った
委員長を始め三人はこの発言に異議を唱え一人は同調 「つまり『一万三千人以内の死なら許されると考える安全性の目標を提案』なのか?」 とマスコミは報道した
つまり営利企業にとって原発は採算が取れないのだ。 安全性が叫ばれる中で、しかしそのための費用は利益を生み出さず 建設費は高騰し
しかも電力需要は予想ほどの伸びは見せてはいない

ルドルフはロザリンに尋ねる。

「目下の所、君達が作ることを許そうと思っている発電所はどういう 種類のものなんだい?」
「彼らはいつでもどんな発電所にでも反対してきたじゃないか」
「火力も地熱も」 「最も綺麗なエネルギーといわれる水力も環境破壊を理由に反対する」
「だが太陽熱発電には広大な土地が必要だし 風力だって景観上の問題はどうしようもないだろう」
「海洋エネルギーは環境を支配している媒介変数の絡みも把握できていないし 必要なデータも簡単には手に入れ難い」
「もしそれらが経済的に見合うようになってもだよ… 何の問題もない方法などありはしないんだ」
「だから…もし君が
それを覚悟の上でAなら我慢するがBは認めないと言うならばそれもいいだろう
だが、何も譲りたくないが分け前だけは欲しいと言うならオレは何も話したくない」

見えない犯人からの脅迫は続き、ついには発電所で爆破事件が発生する。 ルドルフの若い部下テッドは、会社を辞めたいと言う。

「犯人は…もっと入手しやすく確実な毒薬などいくらでもあるのに…
わざわざウランを使って…使うことで犯人はあなたの言った様に 『本当の加害者』の名をボク達に被せて自分達はその間をすり抜けようとする…
けれどボクはどう釈明すればいいんですか?
ボクには判りません!
だから会社を辞めます!」

ルドルフはテッドを止めない。ただ、 「テッドはどこへ逃げるつもりなんだろう」と思う。

速やかに逃れることが出来るのだろうか?
原子力発電から
そして…電気を使う今の生活から…
速やかに?
どこへ?

そしてルドルフは自分が電力会社に入社した理由を思い出す。 人々が購入した5.2の電気を生むためには17のエネルギーが投入されている。 つまり、発電用エネルギーや送電ロスで使われずに失われたエネルギーは

17−5.2=11.8

電気は燃料資源の非常に効率の悪い利用法で…しかし、 人々がそれでも電気を使いたいなら…この効率を良くすることが出来るか? ルドルフは何らかの形で電力を蓄えるシステムが必要だと考えていた。 そして、たまたま訪れた電力会社の公聴会で揚水発電所の計画があることを知り、 入社した。しかしその揚水発電所は申請から8年たった今も 住民の反対のために建設許可が下りない。 遠ざかる夢…もはや何のためにこんなことをしているのかも…。 そんな中、意外な真犯人が姿を現す。(…これ以上先を書くのは控えます)

作品の雰囲気を伝えるには大量のテキストを引用するしかないと思って 随分書いてしまいましたが、これでもごく一部です。 もともと三原順さんの作品は漫画とは思えないくらいたくさんの 文章が詰め込まれているのですが(それで避けてしまう読者もいるようです)、 この作品もなかなかのものです。 雰囲気が(三原順さんの漫画の中でも特に)堅くなっているのは、 きっとルドルフを主人公にしたためですね。 ルドルフはあまりユーモアに興味がなさそうなキャラクタなので (^^;)。

ルドルフは立野の三原順メモノート「狼への畏れと憧れ」でも触れたように、 「誉れ高いオオカミ」のイメージがあるのでしょう。 加害者風のキャラクタです。

今回読み返してみて、改めて気づいたことがあります。 作品冒頭でデパートに放火したテロリストの 「我々は犠牲者であり、これは正当な報復なのだ」 という論理が紹介され、それが伏線となって、 ラスト近くでルドルフがレイクに答えたかった言葉に繋ります。

なぁレイク、誰も彼もが自分は犠牲者だと言う
デパートを燃やした連中は自分達を犠牲者だと言った
銀行を襲っても…
人質を殺しても
彼らは犠牲者だった
その立場にいれば
何をしても許される
すべての責任は彼らを犠牲とした者達が負うべき事だと思っていたのか
それとも略奪しなければ
犠牲者を生まなければ
人は…自分が犠牲者であることから離陸できないのだとでもわからせたかったのか
今更そんな事 わざわざ教わりたいとも思わない!

これを読んでいて、どこかで聞いたことがある気がしたら、 「犠牲者の論理」がグレアムを刺したリッチーの論理と非常に似ているんです (はみだしっ子を読んでない方ごめんなさい)。 「はみだしっ子」ではストーリーの中に他の伏線が多すぎて 今一つ目立たずにいたテーマがこの作品の中で前面に出た気がします。

以前、Xmas-Rose ML という三原順さんのメーリングリストでこの作品が 話題になったとき、吉本隆明氏の「反核異論」の影響があるのではという 説が紹介されました。つまり、「Die Energie 5.2☆11.8」は いわゆる反核論と一線を画して、むしろそれへの批判になっているという点が 類似しているということだったと思います。 時期的にも一致している…わけなのですが、 吉本隆明氏の「『反核』異論」の出版は82年12月なので、 「Die Energie 5.2☆11.8」より後の出版になります。 それ以前に雑誌掲載があったのかも知れないし(ちゃんと調べてない ^^;)、 吉本隆明氏は他の著作や記事でもそういう説を披露していたようなので、 これだけでは否定にはなりませんけど。 ただ上に述べたように、 「犠牲者は何をしても許されるという論理」をめぐる旋律(テーマ)は、 既に「はみだしっ子」の中に見受けられるので、 これは原発という問題に固定されず三原順さんの中にあったものだと思います。

「Die Energie 5.2☆11.8」で脇役として出てきたルドルフの友人 ダドリーが主人公になって、後に『X-day』という長編が描かれます。 ダドリーはルドルフと違ってひょうきんな性格なので(笑)、 ユーモアを交えた雰囲気になり、恋愛から家庭なども含めた 複雑なドラマになっています。設定は一部変更されているようですが (正確に確かめてない…)、ただ、 問題意識やテーマは「Die Energie 5.2☆11.8」を引き継いでいます。 『X-day』では墜落したソ連の原子力衛星の破片を拾ったために死んで行く 少年が登場します。

突きつけられる現実と、その中でどう生きるか。 この頃の三原順さんの作品には、特にそういう雰囲気を感じます。 そう言えば、Xmas-Rose ML で「Die Energie 5.2☆11.8」の話が出ていた頃、 関東は東北の原発の電気を享受しているが東北電力より東京電力の 電気の方が安いという話をしていた方がいたことを思い出しました。 「中央は東北からどれだけ搾取すれば気が済むのだろう」と。 突きつけられる現実と、その中でどう生きるか。 チェルノブイリ事故はこの作品の5年後でした。 チェルノブイリ事故の隠された原因は地震であったという説もあります。 89年、ソ連の首相は東ヨーロッパの反乱とチェルノブイリ事故の関連を 認める発言をします。そして、ソ連は崩壊。 突きつけられる現実と、その中でどう生きるか。 三原順さんは亡くなってしまいましたが、自分と自分の生きる現実は残っています。

NetLaputa重いですか?

1998.9.19 (21:00)

えっと、まず、 「三原順メモリアルホームページ」に、 白泉社ヒロインブックより81年に出版された三原順著 『はみだしっ子語録 ── さまよう青春のみちしるべ』(現在絶版)の 紹介と評 を書きました。入り口にも若干の情報を付加してあります。

ところで、この立野のサイトに遊びに来てくださる方の中で、 NetLaputaは重すぎるっ! と思っている方、いらっしゃいますか? 実際重いのですけど(笑)、プロバイダを変えようか迷っています。 検討してはいるのですが、 現状でそんなに不便がなかったらこのままでいいかなーというのもあるので…。

乗り換え先として検討中のプロバイダは、 AIRnetAT&T Jensasahi-netnifty などです (DTIは56kモデム対応していないので(DTIsecondがあるけど従量制)、 自分にとっては AT&T Jens に比べ何もメリットがないので外しています)。 接続を考慮すると AT&T Jens が一番なのでしょうけど、 乗り換え理由の大きなポイントが 「自分のウェブページをアクセスして下さる人たちの快適さのため」 であるので、色々迷っています。上の候補の中で、 現在NetLaputaに抱えているコンテンツをそっくり移行できるのは AIRnetしかないのですが(容量10メガ以上・CGI可)、 AIRnet東京の方でCGIの動作スピードなどについてご存じの方はどこかで 教えてくださると助かります。

その他、他に候補を挙げていただくなど、どこかで教えて戴ければ 幸です。

Pos.toネット試運転

1998.9.23 (12:34)

NetLaputa重いですか?の問いかけに、 「やっぱり重い」「このままでもいい」「書き込みが遅い」などなどの 反応を下さったみなさまありがとうございました。 また、プロバイダについて情報を下さった方もありがとうございます。 DTIが56kモデム未対応の話、「正式にはサポートされていないが対応している」 との情報を戴きました。 詳しくは http://www.dti.ad.jp/FAQ/faq.html#16 を参照です。

ウェブサーバがもうちょっと速ければよい、ということで、 レンタルウェブスペースを使ってみることにしました。 はるひさんも使っている http://www.pos.to/ です。 テレウェイにぶら下がっているサーバらしいのですが、 そこそこ速いですよね。URL もメールアドレスもすっきりしてて、 http://tateno.pos.to/ 、 tateno@pos.to です。 http://www.toybox.ne.jp/ とか http://www.ali.co.jp/ なども迷いましたが、 今はレンタルスペースも安いんですねー。 NetLaputaとの契約は当分あるので、アクセスプロバイダの方は 急がないことにしました。

現在、NetLaputaの各入り口にアクセスすると、 Pos.toネットの対応するページにすっ飛ばされるようになっています。 9月一杯は試用期間なのですが、調子がいいようなので契約しようかなと 思っています。またどこかで反応を戴けると助かります。 ではでは。

もけけ

1998.9.28 (15:59)

タイトルに意味はないです。

9/23 にAIRのニューアルバムが発売になったことだし、 Further down the Spiral Life をちょっと更新。入り口の挨拶だけなのですが (^^;)。

Pos.toネットは概ね好評です。速くなったと。 まあ、NetLaputaと比べて速くても自慢にならないとは思いますが (^^;)、 普通と比べてもまあまあみたいです。 立野が登録した途端、次のサーバの予約受付が発表されて また迷ったりしていますが (^^;)、決めちゃおうかなー。

日曜日は、8月に亡くなった祖母の納骨で横浜へ行ってきました。 お墓はずっと横浜にあるんですね。

終わった後、親戚一同で中華街で食事。 北京ダックを食べましたー。をを。

最近また日記も途切れがちだし、メールの返事もトド凍っているし、いかんなぁ。 少し心を入れ替えねば。ただし、どんな心と入れ替えるかは未定(笑)。

昔知り合いだった人

1998.9.29 (21:17)

昔知り合いだった女性(年上)から夜中に突然電話がかかってきて、 でも寝ていたのですっかり寝惚けた対応をしてしまった。 5年ぶりくらいだと思う。 懐かしかったけれど、どうしたのかなーと不思議な気持ちになりました。 丁寧で明るい話し方だったのが逆に不安になる今日このごろでした。


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