五十億光年の孤独

立野 昧

 誰もが同じ事を考え、誰もが同じ感受性を持ち、誰もが同じ物を欲して いる――というのは幻想だと気付いてしまった時から、人はある種の孤独感を 覚える様になる。自己と外界を全く同一視出来る程、狭く安定した世界で一生 を過ごせる人には無縁なことかも知れない。しかしそういった孤独感を実感で きて初めて、人は他人を求める様になるのだと思う。「万有引力とはひき合う 孤独の力である」(谷川俊太郎『二十億光年の孤独』より)ところが、他人と 会うことは逆に孤独感を助長するばかりだ。そうして、誰かと一つになりたい という願望だけが増殖していく。

 他方、細胞のレベルで、個体は完全に識別されている。各個体は、固有の組 織適合抗原というのを持ち、合致しない細胞が体内にあればそれを取り除こう と、拒絶する。この抗原が一致することは親兄弟でもまずあり得ない。


 免疫の問題を、恋愛の問題にからませて考える時、清原なつのさんのSFマ ンガ『真珠とり(パターン3・まりあ)』を思い出す。

 宇宙飛行士になる夢を持つまりあは、女である自分を損に思っていた。しか し、タケルに他人とは思えないものを感じ、次第に依存を深めてしまう。その 一方、改めて自分の孤独に気付く。「光が届くのに何秒か時間がかかるのよ」 「目の前にいるタケルも一瞬前のタケルなのよ。私……ひとりぼっちだって事 に気がついたの」二人は事故にあい、致命傷を負うが、驚いたことに二人の組 織適合抗原は完全に一致していた。二人の器官を補い合い、一つの身体が助か る。

 「血管がからみ合う
  筋肉が内臓をつつむ
  やっとひとつになれたんだ」

 こんな形でしか描けなかった人間の同化願望に乾杯。

一九八八年六月三十日 立野 昧





注: このページの背景画像は、この文章の初出の際に自分がつけたイラ ストです。初出時の原稿の取り込み画像 (白黒、GIF 17K)から、イラスト部分のみを切 りとり2色カラーに色付けした画像を、縮小・透明GIF化したものです。

一九九六年四月二六日 立野 昧


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